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大阪高等裁判所 昭和53年(う)1577号 判決

被告人 吉井信善

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中村友一、同表権七共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点一、(一)について

論旨は、要するに、原判示第二の一の事実について、原判示の一億円の融資の約束は、原判示の四〇〇〇万円の定期預金の成立を条件としてなされたものでなく、被告人が右預金の媒介者である高塚俊彦に対し、預金の媒介を任意的紳士的に依頼し、これに対し高塚が好意的努力を約束したに過ぎないものであつて、被告人が一億円の融資を実行し、高塚が定期預金をあつ旋するについて、相互に相手方をして双務契約的に拘束する意味の契約をしたものではないのに、預金等に係る不当契約の取締に関する法律(以下「預金契約取締法」ともいう。)五条一号、三条違反の罪の成立を認めた原判決は、同法条の解釈適用を誤つている、というのである。

そこで案ずるに、本件は、兵庫相互銀行西陣支店長として同支店における預金の受入、貸付等の業務全般を統括処理していた被告人が、同支店の業務に関し同支店長として、昭和四七年一二月下旬ころ、同支店において、高塚俊彦の媒介する原判示第一の一記載の四〇〇〇万円の定期預金に関し、同人が預金者に対し謝礼金を支払い特別の金銭上の利益を得させる目的を有することを推知しながら、同人を相手方として、右預金にかかる債権を担保とすることなく、同支店が高塚商事株式会社に対し総額一億円の融資をなすべき旨を約した、という事案であつて、本件につき預金契約取締法五条一号、三条違反の罪が成立するためには、右総額一億円の融資をなすべき旨の約束が右四〇〇〇万円の定期預金に関してなされたものでなければならないことは規定の明文に徴し明らかである。そして、預金契約取締法は、同法所定のいわゆる導入預金が、間接投資としての預金契約の本旨に反し、ひいて金融秩序を乱すものであることのほか、金融機関が同法所定の不当契約に応じて特定の信用供与を行うことは、金融機関の業務の公共性からみて著しく不当であり、かつ、金融機関の健全な経営を脅かし、ひいて一般預金者に不測の損害を与える虞れがあるところから、かかる不当契約を取締の対象としていることにかんがみると、融資をなすべき旨の約束が当該預金に関してなされたといいうるためには、預金と融資との間に、預金がなされることによつて融資が行われ、融資のために預金がなされるという相互依存の関係の存在することが必要であると解すべきであつて、融資に関連して任意的に預金ないし預金の媒介を依頼するようなことがこれにあたらないことは所論のとおりである。

しかし、これを本件についてみると、原判決挙示の関係証拠によれば、本件の事実関係は、原判決が「判示事実の認定についての若干の付加」と題して詳細に認定判示するとおりと認められるところ、これらの事実、ことに、高塚俊彦が被告人に対し、原判示の高塚商事への総額一億円の融資の申込みをなしたその当初の段階から、右融資について物的担保の不足が指摘されており、被告人のした「この担保だけでなく定期預金を入れてもらわなければこの融資はむずかしい。売主の林に頼んで土地代金の五〇〇〇万円を定期預金に入れてもらいたい。」旨の融資条件の提示に対し、高塚が「間違いなく預金を入れさせてもらうから融資の方はよろしく頼む。」旨これを了承していること、被告人が本店にあて提出した貸出禀議書には確約的な資金トレースの記載がなく、本件融資に関する本店の決裁は、定期預金契金の成立を条件とするものではなかつたけれども、本店の決裁を得た昭和四七年一二月二二日ころ、被告人において、売主の林芳からの預金が不可能となつたことを知るや、直ちに電話で高塚に対し「他の預金者を探して預金させてほしい」旨を要求し、同人において「父の友人に頼んで四〇〇〇万円預金するようにする」旨これを了承していること、そして、同月二五日、右約旨に従い、高塚の依頼で原判示の木下俊文が、裏利息日歩五銭の支払を高塚から受けるとの約束の下に、金四〇〇〇万円・期間三か月間の定期預金を前同支店に預け入れ、その翌二六日、同支店から高塚商事に対し本件一億円の融資がなされていることなどに徴すると、右四〇〇〇万円の定期預金と、同支店長である被告人と高塚商事代表取締役高塚俊彦との間で締結された一億円の融資契約との間には、前記のような相互依存の関係の存したことは明らかであつて、所論のように、被告人のした右預金媒介の依頼が任意的紳士的なものであり、高塚のした右預金の媒介が被告人の右依頼に好意的に応じたものであるとは認めがたい。所論に沿う被告人の原審及び当審公判廷における供述は、上記の事実に徴し、採用することができない。

所論は、本件融資が約された時点においては、いまだ本件預金はその内容すら確定しておらず、したがつて、本件融資と預金との間において、条件ないし義務とかの拘束的関係は成立しようもない、と主張している。たしかに、被告人は、同月二二日ころ、同支店副長奥田義人を介して高塚に対し、本件融資に関する本店の決裁がおりたこと、全額証書貸付になつたことなどを連絡しており、右時点においては、いまだ本件預金についての話しのでていなかつたことは所論のとおりである。しかし、右時点においても、本件融資がなんらの条件もなく実行されるものとされていたわけではなく、林芳からの五〇〇〇万円の定期預金が一応の見返りとして考えられていたことは前記のとおりである。そして、右林芳からの預金の受け入れが不可能となつたことを知つた被告人が、直ちに高塚に電話して、別口預金の媒介を要求していることなどからすると、被告人としては、高塚からの預金媒介の確約をまつて、はじめて融資の実行を約しようと考えていたものと推測されるのである。したがつて、本店の決裁を得た旨の前記の連絡をもつて、直ちに本件融資を約したとみるのは相当でなく、高塚において被告人の右別口預金の要求に対し、「父の友人に頼んで四〇〇〇万円預金するようにする」旨の確約をした時点において、本件融資が約されたものと認めるのが相当である。原判決が本件不当契約成立の時期を同月下旬とし、右不当契約が、高塚において「知人の木下俊文に懇請し同人より同支店に総額四〇〇〇万円の定期預金をさせることに関して」なされたものと認定しているところからすると、原判決は、右本店の決裁がおりた旨の連絡をした事実をもつて融資の約束と認定しているのではなく、右連絡の後被告人において、林芳からの預金が不可能となつたことを知り、高塚に対し別口の預金の媒介を要求し、同人においてこれを約諾した時点において本件融資が約され、不当契約が成立したと認定したものと解されるのである。してみると、本件融資が約された時点においては、本件預金債権はいまだ成立していないが、被告人と高塚との間において、高塚が本件預金を媒介する旨の約束は成立していたものというべきである。そして、預金契約取締法の上記立法趣旨に加えて、同法所定の不当契約は、融資を約することによつて成立し、現実に融資を実行したことを要しないことなどにかんがみると、預金媒介者と金融機関との間において不当契約がなされた当時、預金債権が成立していなかつたとしても、後日なされる当該預金が右契約時に特定でき、かつ、右預金と融資との間に前記のような相互依存の関係が認められる限り、預金契約取締法二条二項、三条、五条一号の各契約の成立を妨げないと解すべきである。本件においては、前記のとおり、被告人の別口預金の要求に対し、高塚において前記のような四〇〇〇万円の定期預金の媒介を確約しており、右時点において右預金は特定していたと解され、かつ、右預金と本件融資との間に相互依存の関係が存すると認められるのであるから、預金債権はいまだ成立していないが、預金契約取締法二条二項、三条、五条一号の各契約は成立するものと解すべきである。

そうすると、被告人において、同月下旬ころ、前同支店の業務に関し支店長として、本件預金の媒介者である高塚俊彦との間に、右預金に関し、本件不当契約を締結したとした原判決の判断は正当というべきであつて、その他所論にかんがみ更に検討しても、原判決には所論の法令解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。

控訴趣意第一点一、(二)ないし(四)について

論旨は、要するに、原判示第二の二の事実について、被告人が前同銀行本店に対し、原判示の高塚商事に対する総額二億五〇〇〇万円の融資に関する事前禀議をした昭和四八年一月二二日及び本禀議をした同月二九日の時点においては、すでに原判示の大山崎町農業協同組合からの総額三億五〇〇〇万円の定期預金の受け入れが不可能となつており、これに代え、本件融資金二億五〇〇〇万円のうち土地代金として地主に支払われる一億九〇〇〇万円くらいを、地主から直接前同支店に定期預金させることになつていたが、定期預金をすることについて地主らの確約を得ていなかつたうえ、預金をしても解約を申し出ればその翌日には払戻をするという内容のものであつて、定期預金とはいえ普通預金に類するものであるなど極めて不安定であり、到底本件融資の条件となり得るものではなく、ひたすら相手方の紳士的任意的な約束の履行を期待するに過ぎないものであつたのに、右時点においてもなお被告人が、前記大山崎町農業協同組合からの三億五〇〇〇万円の定期預金が可能であると信じていたとの事実を認定し、かつ、被告人の要求で、本件融資実行後に高塚俊彦が合計一億三〇〇〇万円の定期預金を媒介していることなどをも総合して、右三億五〇〇〇万円の定期預金が本件融資の条件とされていたとして、本件につき預金契約取締法五条一号、三条違反の罪の成立を認めた原判決には、事実誤認、法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

そこで検討するに、原判決挙示の関係証拠によると、本件の事実関係は、原判決が「判示事実の認定についての若干の付加」と題して詳細に認定判示するとおりと認められる。所論は、昭和四八年一月中旬ころ、大山崎町農業協同組合総務金融課共済係長北端正弘が被告人に対し、同組合から前記支店へは預金できなくなつた旨を告げた事実があるのに、これを否定し、被告人はじめ同支店側は同月三一日の本件融資直前まで、同組合から同支店へ預金がなされるものと思つていたと認定した原判決は事実を誤認している、といつている。たしかに北端正弘は原審において所論に沿う証言をしているが、この証言は、原判示に沿う被告人及び高塚俊彦の検察官に対する各供述、同支店副長であつた奥田義人の原審証言、被告人の当審供述に照らし措信しがたいところであり、原判決には所論の事実誤認はない。

ところで、原審が認定し当裁判所が肯認した前記本件の事実関係によると、本件総額二億五〇〇〇万円の融資は、前記高塚商事が京都府乙訓郡所在の地主三名所有の土地を代金合計二億八五四〇万余円で買い受けるにあたり、支払済の手附金相当額を除く残代金の支払にあてる目的で、同商事代表取締役の高塚俊彦から兵庫相互銀行西陣支店長であつた被告人に対してなされた融資の申し入れにもとづくものであるが、右融資が申し込まれた同年一月一〇日ころ、高塚から被告人に対し、「買受土地を担保に入れるほか、銀行から出た買収資金二億五〇〇〇万円は地主から大山崎町農協を通じて同支店に一年定期で預け入れるし、支払済の手附金約一億円も同農協が同支店に一年定期で預け入れる。この点については農協と話しがついている。」旨申し入れるなど、本件融資については、その申込当初から、高塚の媒介する右農協からの総額三億五〇〇〇万円の預金が見返りとされていたこと、その後被告人は、自ら又は部下行員をして、本件買受土地の担保価値などの調査をする一方、高塚のほか同農協の総務金融課共済係長の北端正弘とも面談し、高塚の媒介で同農協から預金をして貰えるものと確信し、上記調査の結果により一億四五〇〇余万円の担保不足となることが判明したが、本件二億五〇〇〇万円の融資は、右農協からの三億五〇〇〇万円の預金の入ることが条件となつているので、貸付手続を進めることにしたこと、もつとも、被告人は、右三億五〇〇〇万円の預金のうち、すでに地主らに支払われ農協に預金されている手附金相当額七七四八万円については、確実に農協から預金されるものと考えていたものの、融資金から支払われる残代金相当分については、いつたん地主が農協に預金し、そのうえで農協から預金されるのか、地主から直接同支店に預金されるのか、必らずしも明確に認識しておらず、いずれにしても銀行としては預金が入ればよいという考えで、格別気にもしていなかつたけれども、被告人と高塚との間の合意の内容としては、右三億五〇〇〇万円の預金は全額右農協から預入されるものとされていたこと、そして、本店に対しても、定期預金を条件に融資する旨を説明し、同月二六日に事前決裁を受け、同月三〇日に本決裁を受けたうえ、高塚に対し同月三一日に二億五〇〇〇万円の融資を実行する旨連絡して同人の申し入れに対する最終的な承諾をなし、同日前記大山崎町農協において、部下の奥田副長を通じて高塚に対し、二億五〇〇〇万円の小切手を交付して高塚商事に対し貸付を実行したこと、一方、高塚の媒介する預金については、同人において、かねて知り合いの前記北端や同農協の総務金融課長静野芳一に対し、地主に支払う金は農協が預つたうえ農協から高塚の指定する銀行に預け入れることにしてほしい旨を依頼した結果、兵庫相互銀行を同農協の指定銀行にする手続をとつたうえで、これを同支店に預金する旨の返答を得ていたのであるが、その後本件貸付実行の直前である一月二九日ころに至り、同銀行を農協の指定銀行にする手続がとられておらず、農協からの預金が不可能となつたことが判明したため、高塚と北端とが相談した結果、北端において地主に依頼し、地主から直接同支店に預金してもらうようにし、高塚において融資を受ける二億五〇〇〇万円のうち五〇〇〇万円を別途決済資金に充て、地主に対しては支払済手附金を含め土地代金の八割を支払うことを決め、高塚の依頼で北端が地主らにその旨の了解を求めたこと、そして、同月三一日前記のとおり高塚商事に対する二億五〇〇〇万円の貸付がなされたのに引き続き、同商事から地主三名へ合計一億九六五〇余万円が支払われ、さらに地主ら三名から同支店に対し約一億九五〇〇万円の期間三か月の定期預金がなされたこと、被告人はじめ同支店側の者は、融資金二億五〇〇〇万円の小切手を交付する直前まで、農協からの預金が不可能となつたことを知らず、上記の結果に驚いたのであるが、地主らから約一億九五〇〇万円の預金がなされ、今後高塚や同農協に預金を求めてゆくこともできることであり、すでに同支店側の貸付手続も完了していたので、やむなく二億五〇〇〇万円の貸付を実行したこと、以上の経過が認められるのである。そして、右認定の事実によると、本件二億五〇〇〇万円の融資の約束と前記農協からの三億五〇〇〇万円の預金との間に相互依存の関係の存したことは明らかである。

もつとも、上記認定の事実によると、被告人が本件二億五〇〇〇万円の融資に関する高塚の申し入れを最終的に承諾し、右金額の融資を約した一月三〇日の時点においては、すでに右融資の条件とされていた大山崎町農協からの総額三億五〇〇〇万円の預金が不可能となつており、そのため高塚及び北端の両名において、それに代え、地主に支払われる一億九六五〇余万円の金員を地主から直接同支店に預金させ、本件融資の見返りとしようとしていたことは所論のとおりであるが、右のように預金の内容が変つたことは被告人に告げられておらず、右時点において被告人の知らなかつたことであつて、被告人としては、あくまでも、高塚から申出のあつた同人の媒介する同農協からの総額三億五〇〇〇万円の預金を条件にして本件融資を実行しようと考えていたのであるから、本件不当契約は、同農協からの右預金に関してなされたものと認めるのが相当である。これと異なる見解に立ち、農協からの右預金の不可能なことが判明した後、これに代え地主から直接同支店になされることになつた預金について本件融資の条件となりえないことを主張する所論は、その前提において失当というべきである。

ところで、右農協からの総額三億五〇〇〇万円の預金は、不当契約成立時においてはもとより、その後においても、預金債権として成立していないのであるが、不当契約がなされた当時、預金債権が成立していなかつたとしても、後日なされる当該預金が右契約時に特定しており、かつ、右預金と融資との間に相互依存の関係が認められる限り、預金契約取締法二条二項、三条、五条一号の各契約の成立を妨げないと解すべきことは前に述べたとおりであるところ、本件預金は、前記地主ら三名の取得する土地売却代金相当額を、その預け入れを受けた農協から更に同支店に預金するという内容のものであつて、特定していると解されるうえ、右預金と本件融資との間に相互依存の関係の認められることは、上記認定の事実関係に徴し明らかであるから、本件預金債権が成立していなかつたことは、本件不当契約成立の妨げとなるものではない。また、後日なされる予定の預金が実現しなかつたからといつて、いつたん成立した不当契約が消滅すると解するのは相当でないから、本件預金が実現しなかつたことも、本件不当契約成立の妨げとなるものではない、と解すべきである。

そうすると、被告人において、前同支店の支店長として、右預金の媒介者である高塚俊彦との間に、右預金に関し、不当契約を締結したとした原判断は相当であつて、その他の所論にかんがみ更に検討しても、原判決には所論の事実誤認、法令解釈適用の誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意二について

論旨は、要するに、原判示第二の一及び二の事実について、被告人は、原判示の各預金の媒介者である高塚俊彦が、木下俊文及び大山崎町農業協同組合に対し、謝礼金を支払い、同人又は同組合に特別の金銭上の利益を得させる目的を有することの認識がなく、その点について過失もなかつたのであるから、上記各不当契約にかかる罪は成立せず、仮りにこれを認識しなかつたことにつき過失があつて有罪を免れぬとしても、犯情により刑を免除すべき場合であつたのに、その認識があるとした原判決は事実を誤認しているというのである。

よつて案ずるに、原判決挙示の関係証拠によると、被告人において、高塚俊彦が木下俊文及び大山崎町農業協同組合に対し、謝礼金を支払い、同人又は同組合に特別の金銭上の利益を得させる目的を有することを推知していたと認定した原判決の事実認定は優に肯認することができ、その理由として原判決の判示するところはすべて正当である。所論にかんがみ記録を精査し、かつ、当審における事実取調の結果を参酌検討しても、原判決にこの点に関する事実誤認はなく、被告人に右認識のなかつたことを前提とする所論の採り得ないことはいうまでもない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判官 石松竹雄 岡次郎 久米喜三郎)

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